工具破損の検知と回避



<工具破損の現状>

 最近では加工現場において、加工シミュレーターを利用することは、ごく一般的 業務として定着しつつあります。しかし、その適用範囲は目視による食い込み チェックや、ホルダー干渉、早送り干渉の確認ぐらいまでがほとんどです。それ でも従来からすると大変な進歩なのですが、実際シミュレーションを加工前に 行なうことによって、現場の加工がうまく完了しているのか? というと必ずしもそう とは言い切れない部分が残っています。 特に工具の過負荷による破損は、いかに最新のCAMシステムやシミュレーターを利用 していても後を絶っておらず、やむを得ないこととして具体的な対策にまで手を出せ ないでいる現場が多いのが現状です。例外はあるかもしれませんが、かなり限られて いることでしょう。


<工具破損の予測は困難?>

 なぜそうなのか? 単純に言ってしまいますと、工具破損の予測が極めて 難しいことにあります。工具が破損するかしないかの分岐点には、あまりにも多くの 要因が複雑に絡み合っているからです。代表的なものでは、工具負荷(除去量)、工具の疲労/磨耗、 送り速度、送りの加減速、送り方向、 素材の材質、工具の材質、工具の刃形、刃の枚数、スピンドル回転数、温度、機械の 剛性、スピンドルの剛性、機械の振動、切粉の状況 etc... 要因を洗い 出すとキリがありません。
 悩ましいのは、個体差の問題も認識しておく必要があります。例えば同じ型式の NC工作機械であっても、一般的にはその機械特有の調整が行なわれています。 キリのない話ですが、工具や素材その他の条件も、一品ごとの違いを考慮すると厳密には 全て同一条件にはなり得ません。工具破損した タイミングを分析しようとして、同じ条件で工具破損させようとしても 再現できないことが多いのです。
 ですから、いくらお金を積んでも、これらのノウハウを外部から入手することが できるという性質のものではなく、根気強く自社の現場の経験則を積み上げて行か ないと、ほとんどの場合は解決できないだろうと思われます。


<シミュレーターで出来ること>

 では、このあたりの解析は、やっても無駄なのかどうか? たかだかコンピュー ター内で行なう擬似切削で、こういうシミュレーションは不可能なはず? 予測は当たるのだろうか?という疑問は当然のことながら出てきます。従来から 加工シミュレーターが工具破損を検知する機能を付けてこなかったのも当然と言え ます。また、もしそのような機能が搭載されていても、余程の前置きが無いと、 怪しいと思ったほうが良いでしょう。

 ただ、工具破損の要因は、色々な条件が絡んでいるのは事実ですが、その発端は、 工具の突発的な過負荷が引き金であったり、工具の疲労が引き金であったり 、ある条件の突出がトリガーになって破損しているケースが多いものと 思われます。
 一方、シミュレーター側はシミュレーション中に除去量に関しては ある程度把握していてTRYCUTにおいては、モニタリングデータで、逐一リスト 出力することができます。また、これをビジュアルにグラフ化するツール(TrMonitor)も用意されています。

 これらの結果を分析して、工具の負荷の限界値を設定することにより 工具破損をある程度予知させることはできないかということで、工具破損チェック機能を 用意してきました。これはあくまでも工具破損の予測支援というレベルで見ていただくべきかもしれま せんが、使いようによっては、信憑性も出てくるのではと期待してきました。
 その効果は徐々に出てきつつあり、工具破損検知を日常業務取り入れる ユーザーも出てきています。(2007年「型技術」10月号掲載のユーザー事例にて紹介)

 TRYCUTにおいて破損予知の設定を行なうには、各現場ごとにある程度調査期間が 必要です。また、 他ツール(TrMonitor)も利用 する必要があることから、本ページでは、サンプルデータを用意し設定までの手順の 概要を説明させていただきます。


<サンプルデータ>

 本ページで使われている全サンプルデータ圧縮形式 DEMO.LZH(991,595Bytes)
(※本ページでは、それぞれ毎のダウンロードもできます)

ワークサイズ(DEMO.DMF)
 最大値 X= 140.0 Y= 100.0 Z= 0.0
 最小値 X=-140.0 Y=-100.0 Z=-80.0

工具原点:X=0.0 Y=0.0 Z=200.0

工具定義ファイルDEMO.TTL

「悪い加工例」

工順 工程 T-No 工具 NCデータ名
1荒取り 1ブルノーズφ25r5 DEMO1-25R5.NC
23D倣い中仕上げ 3ボールφ12 DEMO2-12-BAD.NC <-悪例

「悪い加工例」でも通常シミュレーターでは正常に加工されてしまう。


<モニタリングデータ作成>

 この加工を分析するために、TRYCUTの 最適化機能(「加工(R)」->「加工&最適化NC出力(O)」)にて モニタリングデータを作成します。モニタリングデータは膨大なファイルサイズに なりますので、バイナリでの出力を推奨します。

 バイナリ版モニタリングデータ出力の操作手順は、

1.「加工(R)」->「加工&最適化NC出力(O)」のダイアログ表示
2.「切削モニタリングデータ」グループにて「バイナリ出力」を選択
3.「自動ネーミング」にもチェックを入れる
4.「最適化NCデータ」グループにて「出力しない」を選択
5.「実行(G)」をクリック


 この操作で、元NCデータと同じ名称で拡張子(BIN)のバイナリ版モニタリングデータ が作成されます。出力場所は、元NCデータをダイアログで選択した同一フォルダになります。
(注:現在、ドラッグして選択した場合や起動オプションで指定した場合は作業 フォルダに出力されます)

 「悪い加工例」3D倣い中仕上げ(DEMO2-12-BAD.NC)のバイナリ版 モニタリングデータ DEMO2-12-BAD.BIN


TrMonitorにて負荷グラフを分析する>

 作成されたモニタリングデータを可視化するのがTrMonitorです。このツールで 一度どんな負荷がかかっているのかをご確認下さい。

3D倣い中仕上げ(DEMO2-12-BAD.NC)の負荷グラフ
※注意:シミュレーション時の工具の移動ピッチを細かくすることで負荷のピーク(MAX値)が 異常に大きくなる傾向があります。これは精度良く算出できているというより、その危険性があるという見方を行って 下さい。検出結果は鮮やかになり事前チェックとしては良いのですが、速度との兼ね合いもありますので現実的な設定を 行って下さい。

 もし工具の破損例があれば、どのような負荷のところで破損しているかなどを 調べてみて下さい。例えばTRYCUT側にて対象NCデータで加工後、実際は破損して いるはずの個所を右クリックの指カーソルを選択して指示し、NCデータの ブロック番号を取得します。

 一方TrMonmitor側で、横軸を「シーケンスブロック番号」にして、ピークに なっている部分などを拡大表示(左クリックして範囲指定、元にもどすのは ダブルクリック)し、工具破損した場所と一致するかなどを調べます。

最大ピーク部を拡大表示したもの

 一致しない場合もあると予想されますが、もし一致するようなケースがあるようで あれば、TRYCUT側に負荷の限界値を指示しておくことで、シミュレーション中に 中断させ事前に破損の可能性の高い部分を知ることができます。


<工具ごとに負荷の限界値を定める>

 工具設定ファ イル(TTL)のLIMIT文にて、限界値を指定しておきます。

 このケースにおいては、単位移動(1mm)当たりの切削除去量限界値を25.0(mm3)として
LIMIT/25
をこの工具(MAGAZINE03)に設定しておきます。

設定後の工具定義ファイルDEMO-LIMIT.TTL

※LIMITS文は、単位時間(1秒)当たりの切削除去量限界値を指定することができます。


<シミュレーションしてみる>

 工具ごとに負荷の限界値を指定したら、次に実際シミュレーションで 工具破損が確認できるかどうかを一度お試し下さい。
 負荷限界値を認識する加工は、ポップアップメニュー「加工(R)」の
「実加工(R)」
「スキップ加工(S)」
「加工して結果表示(T or F5キー)」
の3種類です。高速モードでは認識しません。
通常「F5」キーでシミュレーションさせるのが一番簡単です。

 この3D倣い中仕上げ(DEMO2-12-BAD.NC)の加工においては、TrMonmitorの結果でも予測 していますが、下のように17501ブロック目で 工具破損を検知するはずです。

過負荷により破損した場合

 ここで工具破損が検出できた からと言って実際加工したら同じく破損するかというと、一概にそうとは言えない 場合も多いでしょう。しかし、明らかに破損の危険性が高いことには間違い ありませんので、このようなNCデータに関しては、根本的に作成側で加工法案を 見直し、加工方法や方向、工具の選択、送り速度などを見直していただくのが 理想と言えます。

「良い加工例」

工順 工程 T-No 工具 NCデータ名
1荒取り 1ブルノーズφ25r5 DEMO1-25R5.NC
2荒取り 2ブルノーズφ12r2 DEMO2-12R2.NC
3中仕上げ 3ボールφ12 DEMO3-12.NC
4仕上げ 3ボールφ12 DEMO4-12.NC
5取り残し 4ボールφ6 DEMO5-6.NC
6平面仕上げ 5ブルノーズφ12r2 DEMO6-12R2.NC
7輪郭仕上げ 6フラットφ12 DEMO7-12.NC


<過負荷部分で送り速度を自動的に落とす>

 ここまでシミュレーションで把握できているのであれば、もし可能ならばその 部分だけNCデータ側の送り速度を自動的に落とせないか? 必ずしも工具の送り速度を 落としただけで工具破損が回避されるというわけではありませんが、多少状況の 変化は見られるはずで、そのような送り速度最適化による加工もトライしたいと いう場合には、最適化機能で送り速度を自動変換することができます。

※詳細は、ヘルプの最適化機能と、
工具設定ファイル(TTL)の最適化送り速度の指定をご参照下さい。

 このような送り速度の最適化が行われているNCデータの破損検知には、 TrMonitorの「コンフィグ」->「表示関数」(縦軸)にて、「単位時間換算の 切削除去量(元データ切削速度)」を選択してグラフを解析し、 先に設定した工具の負荷限界値の設定においては、LIMITS文を 利用する必要があります。


<備考>

 ここに書いてきました分析の流れで、特殊な使い方ですが、色々なCAMシステム が出力するNCデータで、どのシステムが一番効率が良く、かつ工具に優しい経路を 出しているのかの比較に役立ったことがあります。(詳細は、ここでは 省略させていただきます)

 つまりユーザーサイドでは、CAMシステム選定時のベンチマーク・テストにも 役立つものと思われます。実際TrMonitorを利用して評価が行われて いるシステム(OneCNC)の実例もあります。加工の良し悪しは経路の 綺麗さだけで判断できるものではありません。実際の加工現場においては、このような 分析を行うために時間を割けないことの方が多いと思いますが、余裕がある時にでも ぜひ一度分析していただきお役立ていただければと思います。

※ご質問などは、 support@trycut.comまで お願いします。


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